東京地方裁判所 平成5年(ワ)22540号 判決 1995年12月19日
原告
亡鶴尾喜美訴訟承継人・鶴尾勉
被告
三宅川恵
ほか一名
主文
一 被告三宅川恵は、原告に対し、四五八万〇四四〇円及びこれに対する平成五年三月一八日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告の被告三宅川恵に対するその余の請求及び被告三宅川惠子に対する請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、原告と被告三宅川恵との間においては、原告に生じた費用の三分の二を被告三宅川恵の負担とし、その余は各自の負担とし、原告と被告三宅川惠子との間においては、全部原告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告らは、各自、原告に対し、七〇三万三四七〇円及びこれに対する平成五年三月一八日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、被害者が足踏み式自転車に衝突されて傷害を負つたとして、その損害賠償を請求した事案である(なお、被害者はその後、死亡しその損害賠償請求権は原告が相続した。)。
一 争いのない事実
鶴尾喜美(亡喜美)は平成六年五月一九日死亡し、原告が本件損害賠償請求権を相続した。
二 争点
1 本件事故の存否
(一) 原告
亡喜美は、次のとおりの事故にあつた(本件事故)。
日時 平成五年三月一七日午後四時三五分ころ
場所 東京都目黒区柿の木坂二丁目二六番一七号先の歩道上
加害車 足踏み式自転車(本件自転車)
加害者 被告三宅川恵(被告恵)
被害者 亡喜美
態様 亡喜美は、被告恵の運転する本件自転車に衝突され、その場に転倒した。
(二) 被告ら
被告恵は、亡喜美とすれ違う手前で本件自転車を止めており、本件自転車は亡喜美と衝突していない。亡喜美が転倒したのは、亡喜美がよろけて本件自転車にぶつかつてきたためである。
2 被告らの責任
(一) 原告
(1) 被告恵は本件自転車を運転して歩道を走行するに際し、前方の通行人の有無、状況を十分に確認しなかつた過失によつて本件事故を発生させたもので民法七〇九条の責任がある。
(2) 被告三宅川惠子は、被告恵の母であり、未成年者である被告恵の親権者として日常の行状を十分に把握し、これを監督すべき義務があるのに本件自転車を買い与えて自由に乗り回させておきながら、交差点や道路上、ことに人車が混合して通行する歩道上における安全運転、幼児や老人などのいわゆる弱者に対する配慮についての指導、監督が十分でなく、その結果被告恵が本件事故のような軽率な運転操作を行つたのであり、民法七〇九条の責任がある。
3 損害
(一) 原告
(1) 治療費 二二〇万六〇七〇円
(2) 入院付添費 七三万五〇〇〇円
5000円×147日=735,000円
(3) 入院雑費 一九万一一〇〇円
1300円×147日=191,100円
(4) 家屋改造費 一九〇万一三〇〇円
(5) 慰謝料 二〇〇万円
(二) 被告ら
(1) 治療費の大部分は差額ベツト代であり、本件事故との相当因果関係はない。
(2) 入院付添費については、具体的必要性が不明確である。
(3) 家屋改造費については、いずれの工事も必要性がない。
(4) 亡喜美の入院期間は四か月弱であり、慰謝料としては九〇万円が相当である。
第三争点に対する判断
一 争点1
1 証拠(甲一、二、一〇、一二、一三の1ないし5、乙一、二の1ないし4、三、証人関口敏子、被告恵本人、被告惠子本人)によると次の事実が認められる。
(一) 亡喜美(明治四〇年九月一一日生まれ、本件事故当時八五歳)は、平成五年三月一七日午後四時三五分ころ、東京都目黒区柿の木坂二―二六―一六先歩道(本件歩道)上の別紙図面<ア>地点に車道側を向いて立ち、車の切れ目に車道を横断しようとしていた。
本件歩道は、幅二メートルで、自転車の通行は禁止されていた。
(二) 訴外関口敏子(訴外関口)は柿の木坂バス停(別紙図面バス停)でバスから降り、歩道上の真ん中を目黒通り方向に歩きだした。
バス停付近には立ち止まつて話をしている人などが七、八人おり、自転車がすり抜けられる状態ではなかつた。
(三) そのころ、被告恵は、妹の美沙子の本件自転車に乗つて、本件歩道を通りかかつた。
美沙子は被告恵より身長が高く、被告恵がサドルに座つたままでは、両足を地面に着けることはできなかつた。
(四) 被告恵の運転する本件自転車が訴外関口の後ろから近づき、同被告は訴外関口に退いてくださいと声をかけた。
訴外関口が車道側に避けたところ、本件自転車が普通の駆け足程度の速度で、訴外関口の左横を通つていつた。
(五) 訴外関口の横を通りすぎた本件自転車は、スピードが落ち、亡喜美の佇立する付近でよろけた感じになり、本件自転車の右ハンドルが亡喜美に当たつて、亡喜美は転倒し、その結果、左大腿骨頸部骨折、左橈骨下端骨折の傷害を負つた。
2 被告恵本人尋問の結果中には、本件歩道に差しかかつたとき、サドルから降りて、トツプチユーブ(上パイプ)に跨がつて両足を地面に着いた状態で前進し、本件自転車を停止した状態で亡喜美に退けてくださいと声をかけたら、後ろに下がつて来て本件自転車の右ハンドルに引つ掛かつて転倒した、別紙図面地点に人はいなかつた旨供述し、同被告の陳述書(乙一)には右供述に沿う記載がある。
しかし、被告恵が本件自転車から降りてこれを押して歩かずにトツプチユーブに跨がつたまま前進したというのは、不自然な行為である上に、被告恵は亡喜美の左側を通過しようとし、亡喜美は歩道から車道を横断しようとしていたのであるから本件歩道端に佇立していたと推認されるところ、亡喜美に退けてくださいということは、亡喜美に対しさらに右側に寄ること、すなわち車道に出ることを求めることになり、極めて危険であること、別紙図面地点に人はいなかつたというのであれば、亡喜美に声をかける必要はなく、亡喜美をその左に避けて進行してゆけば足りることを考慮すると、被告恵の右供述及び右記載は採用することができない。
3 右認定事実によると、被告恵は、比較的人通りがあり、自転車ですり抜けることができない状態にある本件歩道上を、本件自転車に乗車して通行しようとし、前方の人を避けようとするなどして、よろけた感じになつて本件自転車の右ハンドルを亡喜美に打ち当てて、亡喜美を転倒させたものと認めるのが相当である。
二 争点2―被告らの責任
1 一で認定の事実によると、被告恵は、本件自転車を運転するに際し、前方の注視を怠つて、本件自転車の右ハンドルを亡喜美に打ち当てた結果、亡喜美を本件歩道上に転倒させて、前記認定の傷害を負わせたのであるから、民法七〇九条により、その損害を賠償する義務がある。
2 証拠(乙三、本件記録中の戸籍筆頭者三宅川惠子の戸籍謄本、被告恵本人、被告惠子本人)によると、被告惠子は被告恵の母で、親権者であること、被告恵は昭和五二年七月二三日生まれで、本件事故当時は一五歳の中学三年生であつたこと、被告惠子は、日頃から被告恵ら子ども達には、曲がり角や大きな道路に出るときは一旦停止すること、人に対しては自転車のベルは鳴らさず、声をかけて注意を促すことなどの教育をしてきたこと、被告恵子は被告恵の父である夫とは、昭和五六年に離婚し、その後は、子らを厳しく育ててきたこと、被告恵は学校や日常生活でも問題行動はなかつたこと、被告惠子は子らが五、六歳のころから自転車を買い与えているが、本件事故以外には事故はなかつたことが認められる。
右事実によると、被告惠子は子らに対して、自転車の運転時に注意すべき点について一定の教育をしていたことが窺われるが、被告恵は本件事故時において、自転車の通行禁止場所を、本件自転車に乗車したまま通行しており、その教育において行き届かない面があつたことを否定できない。
しかし、被告恵に日常的生活等において問題がなかつたこと、成人であつても自転車の通行禁止場所を自転車に乗車して通行することは、全く考えられない事態ではなく、それ自体をとりわけ重大な過失と評価できないこと、被告恵は一五歳で、物事の分別もそれなりにある年齢であることなどの事情を考慮すると、被告惠子にはその親権者としての監督義務違反の過失があるとまでいうことはできないから、民法七〇九条により、亡喜美の被つた損害を賠償する義務があると認めることはできない。
三 争点3―損害
1 治療費等 一五〇万四六四〇円
証拠(甲三ないし八、原告本人)によると、亡喜美は、前記認定の傷害により、平成五年三月一七日から同年七月一〇日までの合計一一六日間、財団法人平和協会駒沢病院(駒沢病院)に入院したこと、同年三月二四日に手術を施行したこと、その間の治療費等の合計は、二二〇万六〇七〇円であり、その内二〇七万八四三〇円(三月分四五万円、四月分九二万七〇〇〇円、五月分三三万〇六三〇円、六月分二七万八一〇〇円、七月分九万二七〇〇円)は室料差額であること、平成五年三月一七日から同年四月末までは、空いている病室が個室しかなかつたこと、同年五月一日以降は、原告らが室料の安い部屋を希望したところ病院側で提供したのが個室であつたこと、原告らは積極的に大部屋を希望はしていなかつこと、大部屋を希望しなかつたのは、大部屋で色々な治療をしたり、わがままをして他人に迷惑をかけたくないためであつたことが認められる。
そうすると治療費等のうち室料差額を除く一二万七六四〇円及び室料差額のうち本件事故日から手術の約一か月後である平成五年四月末日までの一三七万七〇〇〇円の合計一五〇万四六四〇円は、本件事故と相当因果関係のある損害と認められるが、同年五月一日以降の室料差額については、治療上の必要ないし他に空き室がなかつたことが明らかとはいえず、むしろ原告らの希望の結果で個室となつた側面が強いことが窺われるのであつて、本件事故との相当因果関係を認めることはできない。
2 入院付添費 二二万五〇〇〇円
前記認定の、亡喜美の年齢、傷害の部位・程度、手術の施行等の事情に鑑みると、本件事故日から平成五年四月末日までの四五日間については近親者の付添いが必要であつたものと認められ、一日当たり五〇〇〇円を認めるのが相当である。
5000円×45日=225,000円
3 入院雑費 一五万〇八〇〇円
前記認定の入院日数一一六日につき、一日当たり一三〇〇円を認めるのが相当である。
1300円×116日=150,800円
4 家屋改造費 一〇〇万円
証拠(甲九の1ないし7、一一、原告本人)によると、亡喜美は、外傷は一応治癒したが、大腿部を埋め込みボルトで固定したこと、そのために股の筋肉が落ちて平らなところをやつと歩ける状態で、足は思うように曲がらなかつたこと、左手の握力が落ちたこと、座るとなかなか立ち上がれなくなつたこと、亡喜美は退院後一人暮らしをしていたこと、家屋の改造個所はトイレ、浴室、出入口の手すりの取り付け、電気工事等であつたこと、トイレは和式では立ち上がれないために腰掛け式にしたこと、浴室は洗い場との段差を低くし入りやすくしたこと、その費用は合計一九〇万一三〇〇円であつたことが認められ、亡喜美の症状、年齢を考慮するとこれらの工事はいずれも必要なものであつたと認められる。
しかし、右各工事には改良工事の部分も存在すること、亡喜美はその後死亡し、右改良部分の利益は相続人に残存することを考慮すると、本件事故と相当因果関係のある損害としては一〇〇万円を認めるのが相当である。
5 慰謝料 一七〇万円
亡喜美の傷害の部位・程度、その治療のための入院日数、その他本件記録に顕れた諸般の事情を考慮すると、亡喜美の精神的苦痛を慰謝するには一七〇万円が相当である。
6 合計
右1ないし5の合計は四五八万〇四四〇円である。
四 まとめ
原告の請求は、被告恵に対し、四五八万〇四四〇円及びこれに対する本件事故日の後(その翌日)である平成五年三月一八日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、被告恵に対するその余の請求及び被告惠子に対する請求はいずれも理由がないから棄却する。
(裁判官 竹内純一)
現場見取図(原図)
<省略>